宇宙防災:科学と工学の新たな展開(論文掲載)
2024年11月22日
日本惑星科学会誌遊星人 特集号「宇宙防災:科学と工学の新たな展開」に阿部研究室の研究成果論文(査読付き)が公開されました。
タイトル:「ふたご座流星群の月面衝突閃光から探る活動小惑星Phaethonのcmサイズ粒子」
著者: 阿部 新助(日本大学理工学部),柳澤 正久(電気通信大学),小野寺 圭祐(東京大学地震研究所)
公開日: 2024/11/22
DOI: https://doi.org/10.14909/yuseijin.33.3_262
概要:ふたご座流星群母天体である小惑星Phaethonを起源とするcmサイズ粒子の物理量は,活動小惑星の起源や彗星から小惑星への進化過程を理解する上で重要である.2018年ふたご座流星群に伴う月面衝突閃光の観測から,わずか3時間の間に11イベントが検出された.月面に衝突したPhaethon起源のメテオロイドの質量は8〜350 g,換算直径は1.7〜5.9 cm,衝突クレータ直径は1〜4 mと推定され,フラックス,質量指数,クレータのサイズ指数などが導出された.月周回衛星画像からクレータが同定されれば,未解明である発光効率の決定に繋がり,cmサイズ粒子の空間情報は,Phaethonのダスト・トレイル形成の謎に一石を投じるであろう.
背景:天体の地球衝突から人類を守ろうとする活動を「プラネタリーデフェンス(planetary defense)」という.日本では,「スペースガード(spaceguard)」あるいは「地球防衛」「宇宙防災」と呼ばれることもある.月面衝突閃光の観測は,地球近傍の小天体(NEO: Near-Earth Objects)の特性を理解する上で重要な情報を提供する.例えば,2019年1月の皆既月食中に観測された衝突閃光は,直径約30cm,質量約10kgの天体によるものと推定され,このようなサイズの天体の存在頻度や軌道特性を把握する手がかりとなる.月面衝突閃光の観測は,地球に接近する小天体(NEO)の監視システムを補完する役割,つまり,従来の観測では捉えにくい(流星と小惑星を繋ぐ)小サイズの天体の検出に有効である.
今後の展望:月の内部構造とその形成過程を解明することは,太陽系の起源と進化を理解する上で極めて重要である.月は約45億年前,地球と火星サイズの天体テイアとの衝突によって形成されたとする「ジャイアント・インパクト説(巨大衝突説)」が広く受け入れられているが,近年ではこれを補完または修正する他のシナリオも複数提案されている.そのため,月の内部構造を精密に決定し,月の形成過程を再評価する必要が生じている.
米国NASAアポロ12,14,15,16号のミッションで設置された月震計ネットワークによって観測された約12,000の月震データは,月の内部構造を理解するための基本的な情報を提供してきた.しかし,これらのデータには震源位置の特定に大きな不確定性があり,内部構造の精密な解明には限界があった.震源位置の誤差が数百kmに達し,発生時刻の推定精度も数10秒程度であるため,月の地殻・マントル・中心核の詳細な構造を解明するには,より精密な観測手法が求められている.また,アポロミッションで得られた流星体による衝突が震源となっている約1,500の月震イベントも,発生時刻と衝突地点の特定が不十分なため,正確な震源特定が難しいという課題が残されていた.これらの課題を克服するために月面衝突閃光観測が注目されている.つまり,月面衝突閃光を利用して衝突イベントの発生位置と発生時刻を高精度で特定することにより,震源位置と発生時刻の不確定性を大幅に改善できる.月面衝突閃光は,単点の月震の走時データからでも内部構造を推定することが可能となり,これらの課題を克服するための新たなアプローチとなる.また,月震を使った局所的な不均質性の検出から水氷などの地下資源探査への応用も考えられる.今後のNASAアルテミス計画,NASA FSSミッション,インドや中国の月探査ミッションと連携して,地球-月系誕生の謎の解明や新たな月資源探査手法の開発にも繋げたい.
謝 辞:月面衝突閃光観測望遠鏡システムは,日本大学理工学研究所“先導研究推進助成金”により(株)昭和機械製作所・代表取締役・渡邉和明氏の協力のもと構築された.先導研究共同研究者である日本大学理工学部物理学科・教授・根來均 博士,日本大学量子科学研究所・教授・田中俊成 博士,日本大学理工学部海洋建築工学科・准教授・佐藤信治 博士,日本大学理工学部一般教育・教授・伊豆原月絵 博士に感謝する.本キャンペーン観測は,日本学術振興会“二国間交流事業共同研究”(会津大学コンピュータ理工学科・准教授・山田竜平 博士,JAXA宇宙科学研究所・教授・田中智 博士,立教大学・助教・福原哲哉 博士,JAXA宇宙科学研究所・助教・白石浩章 博士,フランス・Institut de Physique du Globe de Paris・Dr. Philippe Lognonne,川村太一 博士,Observatoire de Paris・Dr. Jeremie J. Vaubaillon,Entrée Observatoire de la Côte d’Azur・Dr. Chrysa Avdellidou,他)のサポートで実施された.
リンク:阿部研究室
(図) 船橋キャンパスでの観測に使用された(通称)ガンダム望遠鏡(口径40cm/F3.8)と捉えられた月面衝突閃光の一覧