ウェブマガジンNo.03では,No.02に引き続き,航空宇宙工学科1期生であり,現在,航空宇宙工学科で教鞭を執っていらっしゃる村松旦典先生に学科について語っていただきます.今回は,村松先生が教員になられてからの学科の様子を語っていただきました.
本日はお忙しいところ,お時間をいただきありがとうございます.
今回は航空宇宙工学科1期生でもある村松先生が教員になられてからのお話を伺いたいと思います.はじめに,航空宇宙工学科に着任されたきっかけを教えてください.
実は大学の教員になりたいとは考えておらず,前回(No.02)話したとおり当初は宇宙機に関わる仕事がしたくてNASDAを志望していました.当時の民間の航空宇宙系は採用数が非常に少なく,大変な難関だったこともあって,民間は一社も受けませんでした.しかし,NASDAを受験したものの,不合格となってしまいました.
NASDAの関係者と話しをしているうちに,宇宙機の制御より航空機,特に戦闘機の制御を目指す方が現実的に思われ,防衛庁の技術研究本部第3研究所(※1)の採用試験も受けましたが,合格は難しい様子でした.当時は雇用数などの採用情報が入手しやすかったのです.結局は博士後期課程に進むことになるつもりでいました.そうしたときに,航空宇宙工学科で熱工学を専門としていた江良嘉信先生が助手を欲しがっているという話が指導教員の嶋田有三先生を通してありました.江良先生は学科の1期生から採用したいと考えていたようです.助手になれれば,就職活動をしなくて良さそうだし,研究職に漠然とした憧れもありました.ただ,江良先生とそれまでの私とは研究分野が異なっていましたので,学士卒資格の副手として着任することになりました.
はじめは6年の有期雇用契約で,その6年の間に学位(博士号)相当の成果を出さなければいけないと江良先生と主任教授の河村龍馬先生に言われました.6年目までに論文を3報書き上げましたが,もっと新しいことをやらないと博士号には相当しないと言われてしまいました.新しいことをやろうと苦労しているうちに,あっという間に年月が経ちました.短期大学部(※2)に3年契約で着任している間に,乱流噴流(※3)の新しい測定法に関する博士論文を執筆することができました.短大の契約が終わって航空宇宙工学科に戻る時に,博士号を取得し,無期雇用の専任講師になりました.40歳になっていました.
若手時代の教員生活のご様子を教えてください.
おおらかな時代で,特にベテランの先生方は,大学に来られないことも多かったと記憶しています.一方,若手であった当時は大忙しだと思っていました.研究室の学生の指導の他に,再履修クラスの担当(当時の4力学の合格率は40%ほどで,再履修の学生が多かったため再履修生用のクラスが別に設置されていました)や,江良先生のご都合で,江良先生の講義の代打を頼まれることもありました.自分の研究のための実験を集中的に進めることができるのは,入試業務が終わり卒研生の実験がない2月・3月だけでした.ただ,忙しい中でも自分の勉強をしたり,テニスを楽しんだりする余裕はありました.勉強していたのは主に物理化学(※4),伝熱工学,燃焼工学や流体工学(※5)ですが,研究に必要なデータ処理やスペクトル解析(※6)についても教科書を読んでいました.
今の先生方の方が,当時の私たちに比べていろいろな仕事があってより忙しくなっています.私もベテランになれば研究を主体とした悠々自適の教員生活を送れると当時は思っていましたが,残念ながらそうはなりませんでした.
先生方との印象に残っているエピソードはありますか?
先輩の先生方にはいろんなことを教えていただきました.教員になったら,いつまでも学生気分でいてはいけないとよく言われました.
共同で研究してくださった本橋龍郎先生には非常にお世話になりました.データ解析や実験でうまくいかないときなど,論文等を示唆して頂き親身に教えてもらいました.
内藤晃先生には,企業のお話をよく伺いました.人力ヘリコプター(※7)の実験を見に行って,暑いのでスポーツホールの窓を開けてしまい,叱られたのもよい思い出です.
学生のときには怖い印象だった安田邦男先生が,同僚になってみたら非常にフレンドリーでした.当時の航空宇宙工学科には私と同じような立場の若手(例えば,出井裕先生や牛島正道先生)が結構いて,悩みや苦労話を共有できました.
実は江良先生とは研究方針をめぐって頻繁に口論をしました(笑).
先生が教員になられたのは,コンピュータが普及し始めたころでしょうか.
教員になって最初の冬のボーナスをすべてつぎ込んで,新品のPC9801VM(※8)と中古のプリンタを購入しました.プリンタはインクリボン(※9)の時代です.本橋先生はマイコンを自作されていて,アナログ計測からデジタル計測へ移行していく時期でした.計算機を用いた数値流体力学が盛んになってきたのもこの頃だと思います.
先生は海外生活も経験されています.
海外へ行けば自分の幅が広がるかな,ためになるかなと考えて,海外での研究生活を希望していました.渡航費と滞在費を支給してもらえる制度があり,当時の学科主任だった川島先生からの勧めもあって,三か月ほどアメリカに滞在し,テキサス大学で研究することができました.
テキサス大学のNoel T. Clemens先生のもと,乱流燃焼グループに入り,ヘリウムガス噴流のPIV計測(※10)とレーザシート法による可視化(※11)を行いました.実験に必要な装置や資金まで,テキサス大学に協力してもらえました.当時の航空宇宙工学科には希望する仕様のレーザや高速度カメラがありませんでした.テキサス大学は実験設備が充実していて,また,研究についていつでも議論もでき,非常に楽しかったです.
土日もあまり休まずに研究をしていました.ワーカホリックなのは日本人だと思っていたのですが,驚いたことに,テキサス大の人たちもあまり休んでいませんでした.
テキサス大では自分の研究の他に,本橋先生との共同研究に関連して必要な作業もあり,忙しかったです.たまに日曜を休みにしたときには,大体寝ていました.そのせいで,大統領になる前のオバマさんが近所の公園で開催した演説を,見逃してしまったのは失敗でした.ただ,全く楽しみが無かったわけではなくて,現地の語学学校に通っていた妻の伝手でテキサス大のバスケットボール観戦に行ったりもしました.大学内の博物館でプテラノドンの化石を見たりもしました.
英語では,日常会話に一番苦労しました.特に英語の勉強はしていませんでしたが,研究で洋書を読んだり英文を書いたりしていましたので,研究を英語で説明する分にはあまり問題ありませんでした.もちろん全く問題が無かったわけではなく,説明が難しかったり,実験のパラメータなど重要だったりする内容は,ホワイトボードに書きながら説明していました.Clemens先生は優しくて,自分も日本語ができないのだから英語ができなくてもいいと言ってくれました.学生にはよく発音のまずさを指摘されていました.テキサス大には教員も学生も,アメリカ以外の国から来た人が多くいました.みな親切で,何か困っていると助けてくれました.おかげで大学での生活に苦労することはありませんでした.
その後,教授になられ,現在に至っています.長い教員生活で,変わらないもの,航空宇宙工学科の伝統とは何でしょうか.先生のお考えをお聞かせください.
受け継がれてきていると思うのは,学科の教育方針でしょうか.特にものづくり重視,卒業研究重視の方針を大切にしてきていると思います.
最後に,教員になられてよかったこと,うれしかったことをお聞かせください.
教育面では,指導した学生が社会で活躍していてくれることがやはり一番うれしいです.研究は,それ自体を楽しいと感じています.まだ誰も見たことのない現象を発見して,その物理的なメカニズムを解明していくことに一番喜びを感じます.
航空宇宙工学科の先生方には感謝しています.先生方のサポートがあり,あたたかく見守っていただけたからこそ,ここまで続けてこられたと思っています.研究をやるときはひとりと思っていましたが,孤立せずに済んだのは,学生を含めた周りの皆さんのおかげでした.学生の率直な意見も研究に役立っています.居心地のよい学科だと思っています.
大変貴重なお話を,どうもありがとうございました.
聞き手日本大学理工学部航空宇宙工学科広報ワーキンググループ
- ※1
- 技術研究本部第3研究所:かつての防衛庁に置かれた研究機関のひとつで航空宇宙分野の研究を担当していた.
- ※2
- 短期大学部:日本大学の短期大学.キャンパスを共有する日本大学の学部と連携した教育環境をもつ.
- ※3
- 乱流噴流:孔から流体中に流出する流れで,流出の速度が比較的高く,流れが乱れているもの.
- ※4
- 物理化学:化学の対象となる物質について,物質の構造,性質などを調べるために,物理学的な手法を用いて研究する学問で,機械系では熱力学が近い.
- ※5
- 流体工学:液体や気体の流れを取り扱う流体力学を,工学の場に活用する学問.
- ※6
- スペクトル解析:波形の周波数成分の大きさや位相を求める解析.
- ※7
- 人力ヘリコプター:人力で浮上するヘリコプター.内藤先生が設計されたYURI-Iは世界で初めて浮上(約20秒間)に成功し,日本航空協会の飛行成績認定を受けた.
- ※8
- PC9801VM:1985年に発売されたNECのパーソナルコンピュータ.
- ※9
- インクリボン:インクを塗布した長い帯状のフィルムや繊維などのこと.ドットインパクトプリンタや熱転写プリンタに用いられた.
- ※10
- PIV計測:Particle Image Velocimetryの略で,流体中に混入した粒子の画像により,平面内の流れの速度ベクトルを非接触で求めることができる計測手法.
- ※11
- レーザシート法による可視化:シート状の薄いレーザ光を流れに照射し,流れの断面の様子を観察できるようにする手法.